ハミング・ハミング

-マシューとニコール

出会い

ニコール・ロスという政治家がいる。

彼女が若くして行政府の長になって以来、表だけ派手なブリッジポートの、お世辞にも豊かと言えない町並みが少しずつ整えられ、公園には緑とレジャー施設が建築され、やがて子供の姿が増えた。あまり政治に興味がない僕でも、すぐに街の変化に気づいたくらいだからね、なかなかの敏腕といってもいいんじゃないだろうか。

彼女に初めて会ったのは、政治家のよくあるパーティさ。
街の名士・セレブを集め、笑顔を振りまき、時にはベッドの上で語り合い、金を集めてまわるアレだ。

多分、この街で一番有名な俳優である僕は、そういった催しによく呼ばれる。
実際、ニコール・ロスという政治家と面識はなかったけれど、そのパーティにいたんだからね。
まったく知らない人物だって、名前さえ知っていれば、この世界では友人なのさ。

人と会うのは嫌いじゃないから、それはそれで、僕は楽しんでいる。そういう精神が人生を豊かにするんだろう?

「マシュー、彼女がニコール・ロスだよ」

紹介された時、彼女は僕に背を向けて、軽薄そうな黒髪の男と話をしていた。

「ニコール!」

その時彼女を呼んでくれたのが誰だとか、実はあまり覚えていない。
なぜって? 僕は彼女の白いうなじに見とれていたから。

彼女は太陽のような、ひまわりのような、濃い金髪をしていた。
恐らく豊かに波打つボリュームがあるのだろうけれど、パーティ用に高く結い上げられていて、それがちょっと勿体ないなと感じた記憶がある。

ま、それは美しいうなじを男どもに見せつけてまわる魅惑の戦略的ヘアスタイルで、まんまと僕も虜になったってわけ。

「ニコール、こちら、マシュー・ハミング」
「マシュー・ハミング!」

彼女は落ち着いた声で僕の名前を呼び、そして無邪気にニッコリと笑ってみせた。

「この街へ来ると聞いた時から、いつか貴方に会えればいいなと思っていました。あなたが主演した『スペシャルな雪のかけら』、私、ディスクがすりきれるかと思うくらい観ているんです。セリフもそらで言えますよ。ふふ、嬉しい」

そして、僕をキラキラした目でじっと見た。

こんな挨拶なんて呆れるほどありきたりなもので、普段なら別になんてことなかった筈なのに、僕はちょっと、身動ぎできなくなっていた。

彼女の瞳は、街から見える海のような輝きだ。あまりキレイな海じゃないから灰色だけど、それでも、光を反射する様は美しいんだ。

僕が生きるブリッジポートは夜が本番で、昼の間はだいたい街の汚い部分がよく見えるのだけれど、太陽の髪と海の瞳を持つ女性が照らしていれば、きっと素敵になるんじゃないかとか、そういう根拠のない幼い安心感を、僕は彼女に感じた。

これは一目惚れというんだろうか。

百戦錬磨のこの僕が?

この僕が!

永遠とヴァンパイア

-ウラジミールとアイーダ

帰ってきた女

最近、ブリッジポートで話題の、アイーダ・フランシスって知ってるか?

エキサイティングなステージをするポップスター。魂の旋律、ディーバの歌声。そそる身体。
かつて、同じ女がブリッジポートにいたのに、誰もそれに気づかない。まあ、そういう街だ。

昔のあいつは、もっと、いいとこの嬢ちゃんという雰囲気で、音楽をやっていたが芽も出ず、ちょっとした投資で暮らしていた。
何とかいう役者に夢中だったが軽くあしらわれ、そんな孤独につけこんで、俺はあいつと一緒に暮らした。誰かの家に寄生するのは得意だからな。

俺と暮らし始めるようになって、もちろん、いただくものはいただいて、そうしたら、恋した役者があいつを抱くようになった。
愛なんてない。他に男がいるということが資格なら、そんなのとても惨めだわ。
そういって泣いた。

ま、要は身軽なあいつが重かったってことさ。「愛」なんて言葉が口から出てくるだけでお察しだ。

そうして、彼女は別天地、ショーの街スターライト・ショアへ去った。

そんな女、この街には腐るほどいる。ここでは夢は破れるもんだ。よくある話。話題にもならない。
あいつがいなくなって、大きな暖炉のあったあの家が壊され空き地になって、そして俺はまた別の誰かに寄生する。

俺の頭にこびりついているのは、薄くゆがんだ泣き顔だけだ。

それから数年、あいつは再び現れた。スターライト・ショアでロックスターとして大成して。
身を守るようなキチンとした服を脱ぎ捨て、胸と腹と足を見せつけて、ある意味ブリッジポートらしい女になって戻ってきた。

俺はといえば、「最近、毛色が変わった仲間が多い」と愚痴る古参のエルヴィラばあさん(というと怒る)とつかず離れず、相変わらず誰かの家に住み着く毎日。

ゆっくりと年をとるヴァンパイアだ、変わらない俺のことがわからなかったわけはないだろうに、劇場の前ですれ違った時、あいつは初対面のようなそぶりで、「かつていた女によく似た誰か」のように振る舞っていた。

最初は本当に別人かとも思ったが、ニオイでわかるんだよ、俺たちは。

なんとなく、あっちでもまた泣いたんだろうと想像はついたが、まあ、無視したければするがいいさと放っておいた。

胸がでかくて腰の細い美人なら、男はだれでも好きさ。
案の定、どこのパーティへいっても、あいつの姿を見るようになった。いつも男が群がっていた。

何とかいう役者と同じく、5つ星のセレブと評されるようになったのもその頃だ。

本当、あっという間だったね。

ボーヤのビッチ

-ブロンソンとエドナ

オレンジ

オレはきっと年上好きなんだ。

まだ高校生になりたての頃、ひそかに憧れてたひとがいた。

最初はうちでやったパーティに来てて知った。政府のけっこうエライ人だったんだけど、気さくで、よく本屋で見かけたな。そのうちに声をかけられ、親しくなった。
少しオレンジっぽい金髪がふわふわしていて、でも話すとちょっと底の知れない深みのある人で、なんというか、人として憧れていたってのが正しい。

その人が結婚して引退して、前ほど街なかで姿を見なくなった頃、とあるバンドが頭角をあらわしてきた。

ブリッジポートは浮き沈みの激しい街だから、いつでも入れ替わり立ち代わり人気者が出てはいなくなる。
だからそれ自体は特別なことでもなんでもなかった。

そのバンドのギタリストは、遠目にもわかる目立つオレンジの髪をしている女だった。
その色は、オレが憧れていたあの人を少し思い出させて、自然とその女を目で追いかけるようになった。

ある夜、用があって訪れた劇場の前で、オレは傘を持たずに立っているオレンジの髪の毛を見つけた。
そろそろ秋も終わりだっていうのに、ノースリーブで肌を露出して、あれがバンドマンの心意気ってヤツなのかね。

ま、オレもまだTシャツだったけどさ。

オレはつい声をかけた。

「その頭、すごいね」

オレンジ女はちょっとびっくりしたように振り返って、すぐに目線を下げてオレを見つけた。
その時は、あいつの方がまだ背が高かったんだ。

「うふふ、キレイでしょ」

すぐに彼女はにぱっと笑った。ほんと、「にぱっ」という表現しかできないような、能天気な笑顔だった。

「アタシ、エドナ・アンダース。覚えといて、きっとファンになるから」

そして手をひらひらふった。

「あと、キミの恰好もイカしてるね、ボーヤ。今度、キミのドラムとセッションしよう!」

あ? なんでオレがドラムやってること知ってんだ?
そんな疑問が顔に出たんだろう、やっぱりにぱっと笑って、

「ターコ。指にスティックダコできてるよ。頑張り屋さんは好きなの。それじゃ!」

そうして、するりと男の車に乗り込んでいった。

高校生

学校のイベントで、あいつがオレの高校に来た。

久しぶりにあのオレンジの髪を見つけて、ちょっと嬉しくて、イベントが終わった後、あいつに声をかけようと、ステージに向かったんだ。

そうしたら、あの高校生セレブ、リル・ブリング。まるで自分の女みたいな顔をして、あいつの隣に立っていて。

あいつは派手な大人たちと暮らしているから、多分、自分のことを特別だって思ってる。いくら言われてもサングラスはとらないし、スカしてんだ。
別に仲が悪いわけじゃないけど、なんとなくあわないな、って感じ。

確か、同居している大人の誰かがあいつのバンドメンバーで、だからあいつとも仲がいいんだろうなと想像はついた。
ついたけど、だからって面白いわけじゃない。むしろ、面白くない。

そんな姿を見たものだから、声をかける勢いをなくして立ち止まっていると、オレを見つけたハンナが声をかけてきた。

「ブロンソン、どうしたの?」
「あ、いや、なんでも」

言葉を濁すオレの視線を追って、エドナを見つけたらしい。

「あ、あの人、今日のイベントにきてたギタリストだよね。すごかったね」
「・・・そうだな」
「知り合いかなんか? ブロンソンの家はお父さんもお母さんも有名人だから、そういう知り合い多いんでしょ?」
「前にちょっと話したことがあるだけだよ」
「ふうん。あ、隣で話してるの、リルだね。さっすがだねえ、大人と並んでても絵になるねえ」
「・・・」
「リルんちも有名人だらけだからなあ、知り合いなんだろうね。あ、もしかして、つきあってたりして・・・!」

無邪気にあいつとリルの関係をほのめかすハンナにちょっとイラつく。オレがあいつと釣り合わない子供だとでも言いたいのか。
もちろん、そんな意味じゃないってことは、よくわかってんだけど。

オレは精一杯クールを装って応えた。

「さあね。興味ないや」
「まあ、別世界の話だよねー」

そのまま、ハンナはオレの腕に手をかけて言った。

「ブロンソン、今日、宿題一緒にやらない?」
「いいよ」

ハンナと一緒に帰ろうとしたとき、ふと、あいつがこっちを見た気がした。